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遺書

(略)
二月程前待ちに待ちたる特攻隊小隊長を命ぜられただいま猛特訓を致してをります。実は募集が三度も之までに有りましたけれども常に熱望を書いたものです。
 愈々(いよいよ)あと数日を出でずして南方へ此処筑波より進撃する事になりました。想へば生を享けて二十五年、色々と御世話にもなりご心配をおかけした父母様、兄上様、嫂(あによめ)様、姉様方に厚く厚くお礼を申し上げます。この御恩は今こそ尽忠と共にお返し出来る事と深く深く信じてをります。(中略)
 今出撃前に当たり淡々として考ふる事無し。只々如何にせば敵に突当たり得るかそればかり念頭に有ります。
 最後に大学時代より現在に至る迄親身も及ばぬお世話になつた鈴木様には私の亡き後よろしく申して下さい。生き馬の眼を抜く東京によくこんな親切な人があつたものとつくづく思ひます。
 戦争が済んでから鈴木様を呼んで話を聞いて下さい。
 これを読む頃には、私は早敵艦に見事突当つてゐる事でせう。幾ら書いても切り無き為この辺にて最後の最後の筆を留めます。
 父母様始め皆様も呉々お身体御自愛の上御国の為に戦強増産に邁進して下さい。 

敬具
勇より

父母様
 外御一同様

追伸
 私の可愛い雅子、一成、博志、子、清香、身体を丈夫にして、父さん母さんの言ふ事をよくきいて、よく勉強して立派な日本人におなりなさい。
さやうなら

 + + + + +

 斉藤勇命
北海道出身 満24歳 海軍大尉
 昭和20年4月6日、神風特別攻撃隊「第一筑波隊」隊員として「爆装零戦」に搭乗、鹿屋基地を出撃、沖縄周辺洋上にて戦死。
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桜の季節なので、英霊の皆様に思いをはせがちな最近であります。
以前、鹿児島の知覧特攻平和会館に行ったことがあります。実際に特攻隊員の方々の遺書を拝見しましたが、彼らの気高さや崇高な精神は、60年を経た今もなお、その筆跡や文章を伝って強烈に私を圧倒し、私はただただ涙を流して頭を垂れることしかできませんでした。
彼らに恥じぬような日本を作らねばならぬ。また出征した私の祖父(無事帰還)を含め、日本の為に命を落とした彼らを貶める奴等は絶対に許してはならない、と改めて決意させた強烈な体験でした。
知覧特攻平和会館について
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