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以前告知していた、2006年5月14日に福岡で行われた、百人斬り訴訟判決を前にした決起集会に行ってきました。その内容を、思い出せる限り書いてみました。(記憶をたよりに書いたものなので、間違いなどがあると思います。もし問題にお気付きの方がおられましたらご指摘下さい)
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始めにご遺族の方々が壇上に登られて話をされました。(皆さんとても上品で丁寧な語り口だったことを念のため書いておきます)

■野田マサ氏(野田毅少尉御遺族)
兄はあのような残虐な行為ができるような人ではない。誰からも好かれる気持ちのいい人だった。終戦後、闇市でタバコを販売する仕事をしていたため、その行為が違反だとして警察に連れて行かれた。それがいつの間にか戦犯ということになっていた。

■エミコ・クーパー氏(向井敏明少尉御遺族)
アメリカ人の夫と、ずっとアメリカに住んでいたため、日本がどんな状態になっているか全く知らないまま過ごしてきた。現在の状況を知り、居ても立ってもいられない気持ち。冤罪だと声を上げるべき対象は国内ではなく国外。長く外国にいたので分かることだが、日本は海外から誤解されたままになっている。中国と日本の見分けもつかない人がほとんど。

■向井千恵子氏(向井敏明少尉御遺族)
泣き言を言うようでお恥ずかしいが、辛い思いをしてきた。職場で、百人斬りを扱った本をわざわざ持ってきて「これは向井さんのお父さんだろう」と言ってくる人もいた。逆に「大変だね」と気遣ってくれる人もいたが、それも、百人斬りが事実であるということが前提であった。月日が流れ、その話題も消えていき、ようやく平穏な日々が戻ってきたと思ったら、本多勝一氏が「中国への旅」という記事の中で百人斬りを取り上げたため、再び周囲が波立ち始めた。本多氏が職場まで私を訪ねてきて、今度「中国への旅」を本にするが、「向井」はイニシャルにすると言われた。それを聞いた時は彼に誠意を感じたが、蓋を開けてみると、「中国人捕虜据え物斬り」という、さらにひどく脚色された物になっていて大変裏切られた思いがした。
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この後、東中野修道先生の講演が始まりました。続きは次回。
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