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皇太子さまお生まれなった
北原白秋作詞、中山晋平作曲

日の出だ 日の出に
鳴った 鳴った ポーオ ポーオ
サイレン サイレン ランラン チンゴン
夜明けの鐘まで
天皇陛下お喜び
皆々かしわ手 うれしいな母さん
皇太子さま お生まれなすった

日の出だ 日の出に
鳴った 鳴った ポーオ ポーオ
サイレン サイレン ランラン チンゴン
夜明けの鐘まで
皇后陛下お大事に
皆々涙で ありがとうお日さま
皇太子さま お生まれなすった

日の出だ 日の出に
鳴った 鳴った ポーオ ポーオ
サイレン サイレン ランラン チンゴン
夜明けの鐘まで
日本中が大喜び
皆々子供が うれしいな有難う
皇太子さま お生まれなすった
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この歌の存在はネット上で知り、歌詞のかわいらしさに激しく萌えていたのですが、肝心の歌そのものが収録されているアルバムはなかなか見つかりませんでした。しかしこの度、家の近くのレンタル屋さんでそれを見つけたので、嬉しさのあまり歌詞を書いてみました。(ビクター「戦中歌年鑑 1」)
「ポーオ ポーオ サイレン サイレン ランラン チンゴン」のセンスが最高だと思います。北原白秋はやはり素晴らしいです。
去年の今上陛下のお誕生日間近にもエントリしましたが(12月23日は国旗を揚げよう)、大正天皇のお子様はそれまでは内親王様ばかりであったため、親王様のご誕生が国民にとってどれだけ嬉しいものであったか、この歌を聴くと伝わってきます。
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言ふなかれ君よ わかれを
世の常をまた生き死にを
海原のはるけき果てに
熱き血を捧ぐる者の
大いなる胸を叩けよ
満月を盃に砕きて
暫しただ酔いて勢(きお)えよ
吾等往く沖縄の空
君もまたこれにつづけ
この昨夜相離(さか)れまた生死相へだつとも
いつの日かまた万朶(ばんだ)の桜を共に見ん
言うなかれ君よ わかれを
世の常をまた生き死にを
空と水うつところ
悠々として雲は行き
雲はゆけるを

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西田高光
昭和20年5月11日 特攻戦死 享年23歳
「なぜ特攻に志願したのか」西田高光中尉
今日なにげに天神に行ったら、ハッピを着ている男の人をチラホラ見かけて、「あ、そういえば山笠の時期なんだな~」と思いました(7/1~7/15まで)。普段と同じ風景の中に、突然ハッピ姿を見ると、なんだかワクワクしてきます。たしか山笠の長ハッピはフォーマル扱いされているから高級レストランでもホテルでも入れると聞いたのですが本当でしょうか…。

んでリバレインに飾ってあった飾り山をなんとなく撮ったのでここにアップ。

↓竜宮城らしい。


飾り山に登って記念撮影していた人をさらに(勝手に)撮影しました。それにしてもあまりにもピンボケしていて、自分のあまりの撮影の下手さにビックリです。
2007-07-11 Wed | 日記 | TrackBack:0 | Comment:0 | Top↑
原爆投下の正当性、米核不拡散担当特使が強調
 【ワシントン=大塚隆一】米国のロバート・ジョゼフ核不拡散担当特使(前国務次官)は3日、国務省で行った記者会見で、広島、長崎への原爆投下について、「さらに何百万人もの日本人が命を落としたであろう戦争を終わらせたという点に大半の歴史家は同意すると思う」と述べ、改めて正当性を強調した。

 原子力平和利用分野における米露協力に関する記者会見で、「原爆投下は技術の非常に無責任な利用だったと思う」と指摘されたのに反論した。
(2007年7月4日13時33分 読売新聞)
私はアメリカは好きなんですが、その反面、「アメリカ人に生まれなくて良かったなあ」と思うことも多々ありまして、今回の件はまさにそれです。(全然関係ないんですが、『日本人に生まれてよかったなあ』と思うことはいっぱいあります。前世が良かったから日本に生まれる事ができたのだと本気で思ったりして)

アメリカの広島・長崎への原爆投下は、人種差別の思想に依る人体実験でしかありません。(さらにソ連に対して牽制する必要もありました)
これは、ナチスのホロコースト、中国の文化大革命、スターリンの大粛清等と並ぶ、人類歴史上最低最悪の民族大虐殺です。ジョゼフ氏の発言は、例えるなら、ドイツの要人が、「ユダヤ人虐殺は必要だった。正しい事だった」と発言するようなものです。本当に核を落として戦争が終わると考えているならば、なぜイラクには落とさなかったのでしょうか?また、戦争を終わらせるためなら核を使用しても良いという考えは非常におかしいのではないでしょうか?ジョゼフ氏だけではなく、アメリカ人の原爆に対するこの考え方は、あらゆる面から考えてもかなり破綻しています。この辺りに「謝れないアメリカ」の病理みたいなものが見えると思います。
この病理に侵されてるのは当のアメリカだけではなく、日本もだと思っています。アメリカが日本に対して行なった原爆投下と本土空襲は「戦争行為」ではなく、明確に国際法に違反した「虐殺」ですが、日本人にはその認識があまりないように思います。なんとなく、日本の方から戦争を仕掛け、その報復として原爆を落とされた…と思いこんでいる気がします。少なくとも私はそうでした。いわゆる「平和学習」というやつを受けた結果でしょう。広島の原爆死没者慰霊碑に彫られている「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」という言葉などはそれをよく象徴していると思います。まるで日本人が悪い事をしたからその罰として原爆を落とされたかのような言い回し。過ちを繰り返さないと言うべきなのはアメリカであるはずなのに。
原爆投下と大東亜戦争は分けて考えるべきだと思います。日本はアメリカと「戦争」をしていましたが、アメリカは戦争のどさくさにまぎれて日本に対して「虐殺」を行ないました。「戦争」は軍服を着た兵士のみ殺すことを許されている、国際法に則ったれっきとした外交手段の一つですが、「虐殺」は無法で無秩序な、およそ非人道的な行為であり、到底許されるものではありません。
今後アメリカや他の諸外国が何を言おうと、我々日本人は「原爆投下は国際法違反であり、どんな理由があろうと許されるものではない」と言い続けなければならないと思っています。
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