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突然ですが、先日、我が日本国陸上自衛隊の戦闘糧食をいくつかいただきました!
とりあえず記念撮影。

右上からウィンナソーセージ4つ、味付ハンバーグ1つ、しいたけ飯1つ。あとここには映ってませんが牛肉野菜煮1つ。
THE戦闘糧食」様のページ「カンメシ」によると、これらは「戦闘糧食Ⅰ型」と呼ばれる缶詰食(通称缶飯(カンメシ))なるものに分類されるらしい。(「Ⅱ型」はレトルトパック)
色がなんともサバイバリティですね~。

食べるきっかけが無いのともったいないのとで、ずっと取っておいたのですが、この度、ウィンナソーセージを、試しに1つ食べてみる事にしました。

お湯で10分ほど温めた後、10円玉で外せる缶切りでキコキコと開けます。(お湯と10円玉がないと食べられないのか)


缶の高さにカットされたソーセージがきれいに並べられています。開ける前に、これを耳元で振るとチャポチャポと音がするのですが、その音はソーセージを漬ける食塩水だったようです。
(ちなみにこの写真はすでに1つ食べてしまっていますw)


いただきます。
(ところでソーセージって箸で食べるのだろうか。それともフォーク?爪楊枝?)

■食べた感想…
パサパサしてますw。あと、すぐ口の中でボロボロになります。でもこれは多分茹ですぎたからじゃないかと思う。
ちょっと味が濃い目なので、パンかご飯が欲しいと思いました。
あ、それと…食べた後の口の中がなんかちょっと金属臭いです…w
でも想像していたより断然うまい!
これでなんだかちょっと自衛隊の皆さんのお気持ちを疑似体験できた気分であります。
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2006-04-30 Sun | 日記 | TrackBack:0 | Comment:0 | Top↑
月下の陣
永井健子 作詞作曲
明治二十六年


宵の篝火(かがりび)影失せて
木枯らし吹くや霜白し
夜は更け沈む広野原
駒も蹄をくつろげつ
音なく冴ゆる冬の月
盾をしとねのもののふは
明日をも知らで草枕
夢は何処(いずこ)をめぐるらん

昼の戦い烈しさに
当たるを得手と斬りまくり
思うがままの手柄して
今宵は此処に宿り木の
身はまだ解かぬ鎧下
空ゆく雁に夢破れ
そぞろに思う故郷(ふるさと)の
雲井はるかにかかる月

国を思うの真心は
家をもいかで忘るべき
ただ身ひとつをなき数に
入る峡(さ)の山の月影を
水に掬びて明日はまた
刀の目釘つづくまで
腕によりをば掛け襷
華々しくぞ戦わん
前回のエントリーで、右半分しか載せられなかった桜の枝を振って特攻機を送り出す写真ですが、ちゃんとした完全な写真を見つけました。
神風」内の兄弟恋人への遺書の下に載っている前田笙子さん日記です。一枚の絵のような美しい写真です。
*********
また、森山直太朗の「さくら」をBGMにした特攻隊の動画があったので貼ります。重いですがぜひご覧下さい。
また、この場所で会おう
阿川弘之「日本海軍に捧ぐ」内「『あゝ同期の桜』に寄せる」より
「昨日今日と、隊の桜も満開です。この桜ほど美しい桜を、私はまだ見たことがありません」(須賀芳宗、立大経済)

立大出身の須賀芳宗が書き残しているように、昭和二十年の春の九州の桜は、ずいぶん長い間美しく咲いていたらしい。そしてその桜の季節が、沖縄への特攻作戦の最もたけなわであった時期である。
 出て行く者は、みな飛行機や飛行服に桜の枝をさしてもらって出て行ったという。日本の歴史に、これほど痛ましい桜の花かざりはなかったであろう。

この本を読んでからは、桜が美しく咲いているのを見ると、「これと同じくらいかそれ以上美しい桜を、特攻隊員達も見たのだろうな」と思うようになった。
一番特攻が行なわれたという時期が、風景の寂しい冬ではなく、桜が満開の春で、本当に良かったと思う。彼等が最後に見た日本が、日本が一番美しい時で良かったと思う。出撃する彼等に手向ける物として、桜の花以上にふさわしい物は無いと思う。

▼桜の枝を持つ回天特別攻撃隊の天武隊員たち。


▼鹿児島知覧基地にて、沖縄へ向けて出撃する特攻機を、桜の花を振って見送る女学生たち。機上の特攻隊員は敬礼を返している。(自分の手持ちの本ではこの写真は2ページに渡っているので右半分しか載せられませんでしたが、有名な写真なので、きっとネット上に完全な写真があるはず…)

********
以前、森山直太朗の「さくら」が好きだと書きましたが、この二つのフラッシュを見てからは、特に泣ける歌になってしまいました。この歌は私の中では「現代版 同期の桜」です。
真実はどこに
回天特別攻撃隊
新渡戸稲造「武士道」(奈良本辰也訳)より
 武士道は、日本の象徴である桜花にまさるとも劣らない、日本の土壌に固有の華である。


本居宣長は、

しきしまのやまと心を人とはば
朝日ににほふ山ざくらばな

とよんで、日本人の純粋無垢な心情を示す言葉として表した。
 たしかに、サクラは私たち日本人が古来から最も愛した花である。そしてわが国民性の象徴であった。宣長が用いた「朝日ににほふ山ざくらばな」という下の句に特に注目されたい。
 大和魂とは、ひ弱な人工栽培植物ではない。自然に生じた、という意味では野生のものである。それは日本の風土に固有のものである。その性質のあるものは偶然、他の国土の花と同じような性質を有しているかもしれない。だが本質において、これは日本の風土に固有に発生した自然の所産である。
 また、私たち日本人のサクラを好む心情は、それがわが国固有の産物である、という理由によるものではない。サクラの花の美しさには気品があること、そしてまた、優雅であることが、他のどの花よりも「私たち日本人」の美的感覚に訴えるのである。私たちはヨーロッパ人とバラの花を愛でる心情をわかちあうことはできない。バラには桜花のもつ純真さが欠けている。それのみならず、バラは、その甘美さの陰にとげを隠している。バラの花はいつとはなく散り果てるよりも、枝についたまま朽ち果てることを好むかのようである。その生への執着は死を厭い、恐れているようでもある。しかもこの花にはあでやかな色合いや、濃厚な香りがある。これらはすべて日本の桜にはない特性である。
 私たちの日本の花、すなわちサクラは、その美しい装いの下にとげや毒を隠しもってはいない。自然のおもむくままにいつでもその命を棄てる用意がある。その色合いはけっして華美とは言いがたく、その淡い香りには飽きることがない。

桜はもともと好きな方でしたが、新渡戸稲造氏の「武士道」を読んでからは、ますます好きになりました。実際、桜がこんなに日本人に愛されているのは、日本人の本質や理想を具現化しているからなのだと思います。
自分自身も、桜のように、何事にも依存したり執着したりすることなく、時あらばすぐに散る心構えでありたいなあ~~などと思ったりして。
バラと桜の対比がおもしろいです。
ちなみに、「西洋人はバラやチューリップなどの一輪咲きの花を愛する『個人』の文化、日本人は桜や藤などの小さい花が密集して咲く花を愛する『集団』の文化」という話もあるそうな。
2006-04-15 Sat | 日記 | TrackBack:0 | Comment:0 | Top↑
ミリタリーグッズを扱う中田商店の福岡SWATに行って来ましたよん。
とりあえずドイツ軍製のシャツなど買いました。(やはりなんとなく枢軸国の物を優先的に買いたい自分がいる)
あと江田島兵学校の手拭いも買っちゃいました(ここのページの真ん中のやつです)。なんか意味もなく嬉しいです。これを振り回しながら「江田島健児の歌」を歌おうと思います。
そして、てっきりバンダナか何かだと思って買った物が、なんとこれでしたorz
どうすりゃいいの。仕方がないので知人にあげようとしましたが、「そんな柄を下着にできるか」と断られw、そしてなぜか逆に褌の締め方を教わったとさ…
2006-04-03 Mon | 日記 | TrackBack:0 | Comment:2 | Top↑
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