上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
-------- -- | スポンサー広告 | Top↑
11月23日、福岡憂国忌に行ってまいりました。
神主さん達による祝詞奏上などの神事の後、憂国忌式典がありました。色々ためになるお話が聞けて勉強になったですよ。

会場で一番盛り上がったのは、「国立追悼施設を考える会」に入っている九州の議員の名前が読み上げられた時ではなかろうか。なぜかあの会は、議員名リストの公表を渋ったらしいです。なんでだろうな~。公表されて何を困ることがあるというのか?堂々としていればいいじゃんニヤニヤ。
拓はもちろん会長なので真っ先に読み上げられました(拓よ…orz)。名前が読み上げられる度に、会場のあちこちから「ほほぉ~」「ははぁ~」みたいな声が上がってました(笑)。
ちなみに拓は祝電披露の時でも真っ先に読み上げられててワロタ

右翼の人達や街宣車をたくさん見られるかとちょっと期待して行ったのですが(期待すんなよ!!)、一台しか見かけませんでした。ちなみに、去年行った時は一台も見かけなかったような覚えがあります。うーん、そんなものなのか…?

個人的には皇居遥拝&国歌斉唱が良かった…!あと三島・森田両烈士と英霊に対して黙祷する時間は、大和沈没を伝えるニュースの音声と大砲の音が流れたのですが、あの時間はほんと涙が出そうでした。(あと天皇陛下への万歳三唱があれば最高だった…)

主催者の皆様、集まった皆様、お疲れ様でした。ありがとうございました。あと一緒に行ってくれたNさんありがとうございました。
三島由紀夫・森田必勝両烈士のご冥福をお祈りいたします。

こちらに当日の詳しいリポートがあります。
パブリックリレーション研究BLOG
スポンサーサイト
パール博士は、来日した際に帝国ホテルで催された歓迎会で、「同情ある判決を頂いて感謝にたえない」という挨拶に対して、以下のように答えたそうです。
「私が日本に同情ある判決を行ったと考えられるならば、それはとんでもない誤解である。私は日本の同情者として判決したのでもなく、西欧を憎んで判決したのでもない。真実を真実と認め、これに対する私の信ずる正しき法を適用したに過ぎない。それ以上のものでも、また、それ以下のものでもない」

昭和41年10月、来日中のパール博士が、朝日新聞の記者に対して、「日本の皆さんに」という内容で語った言葉から。
「西洋の観察者の中には、すすで曇らせたメガネをかけて世界を見渡し、西洋化された表面だけを見、その下に燃えているその土地独特の火を無視して、自己満足している者が多くいます。つまり、わざと東洋の長所に目をつぶっているわけです。その連中の思い上がった意見を受け入れてはいけません。人種的劣等感は捨ててください。日本人は世界文明に創造的な寄与をしてきたのですから」
(今の朝日はこの時のパール判事の言葉を載せた朝日の精神に還れw)
カッコ内の文章は全て「パール判事の日本無罪論」(田中正明著、小学館文庫)より引用しました。
---------------
パール博士に対しては、その高貴な人格と教養に敬意を払うと共に、心からの感謝の意を捧げたい。
パール博士の事はぜひとも義務教育で教えるべきだと思いました。というか命日には日本国民全員挙げてパール博士の死を悼んでもいいんじゃない。いやもういっそお札に!!
少なくとも私は学校でパール判事の事は習わなかった。(遠い昔の事だし、私は全く勉強をしなかったので、授業の内容を聞いていなかったために知らなかっただけ…か…な…(笑))
それで、扶桑社の「新しい歴史教科書」ではどうなっているのかなあ~と思ったのですが、なんと1ページまるまる使って、「東京裁判を考える」というコラム(215ページ)で、パール判事の意見書の公表が禁じられた事などを取り上げてあるではありませんか!いやもうさすがであります。しかも同ページでは、「(GHQの宣伝は)東京裁判と並んで、日本人の自国の戦争に対する罪悪感をつちかい、戦後の日本人の歴史に対する見方に影響をあたえた。」とかまで書いてあるよ…!スゲェ~~~ッ!!並みの書籍じゃないよ、「教科書」にこれが載ってるんだよ!ハァハァたまんねー!私もこの教科書で歴史の勉強をしたかった…!

ところで、↓のURLの下から二番目の写真で、パール博士のご子息であるプロサント・パール氏が、靖国神社に参拝している写真を見つけました。大変ありがたいことです。
 ・世界の要人らの靖国神社参拝
一緒にこれもはっとこ。
 ・世界の軍関係者の靖国神社参拝
↑こういうのを見ると、今の中国・韓国や国内で「靖国問題」とか言って騒いでいるのが本当に馬鹿らしく感じる。

パール博士の顕彰碑が、京都東山の霊山護国神社内にあります。
■ラダ・ビノード・パール
 インド代表として東京裁判判事に就任。
 「この裁判は戦勝国の復讐のプロパガンダに過ぎない」として、
 被告全員の無罪を判決した。

****

「真珠湾攻撃の直前に、アメリカ政府が日本政府に送ったものと同じ通帳を受け取った場合、モナコ公国、ルクセンブルグ大公国のような国でさえも、アメリカに対して武器を取って立ち上がったであろう」
(ハル・ノートに対して。この言葉は有名ですな…!)

「『原子爆弾は全ての利己的な人種感情を破壊し、われわれの心の中に、人類和合の念を目覚めさせた』と、これを投じた側の国では宣伝しているが、果たしてそうだろうか。人種的偏見は、まだ世界のいたるところに潜んでいはしないか。最初の原子爆弾の実験台として、決して彼らは白人国を選ぶような事はしなかったであろう。これを投下した国から、われわれはいまだに、真実味のある、心からの懺悔の言葉を聞いていない。今度共に平和を語るうえにおいて、果たして、そうした冷酷な態度が許されるのだろうか」
(人種問題への提言)

「東京裁判で何もかも日本が悪かったとする戦時宣伝のデマゴーグ(扇動政治家)が、これほどまでに日本人の魂を奪ってしまったとは思わなかった。東京裁判の影響は原子爆弾の被害よりも甚大だ」
(昭和27年10月、講演のために来日したパール博士が、田中正明氏に語った言葉。)

「日本とドイツに起きたこの二つの国際軍事裁判(東京裁判、ニュルンベルク裁判)を、他の国の法律学者が、このように重大問題として真剣に取り上げているのに、肝心の日本において、これが一向に問題視されないということはどうしたことか。これは敗戦の副産物ではないかと思う。すなわち一つの戦争の破壊があまりにも悲惨で、打撃が大きかったために、生活そのものに追われて思考の余地を失ったこと、二つにはアメリカの巧妙なる占領政策と、戦時宣伝、心理作戦に災いされて、過去の一切が誤りであったという罪悪感に陥り、バックボーンを抜かれて無気力になってしまったことである」
(1952年、大阪の弁護士会館で、法律家を前に語った言葉。)
-------------
カッコ内の文章は全て「パール判事の日本無罪論」(田中正明著、小学館文庫)より引用しました。
なにこの静かなクーデター?

http://news.goo.ne.jp/news/kyodo/seiji/20051107/20051107a1760.html
(「皇室典範に関する有識者会議」は、皇位継承順位について男女を区別せず天皇の長子(第一子)を優先する「長子優先」案で最終調整を行った。)

マジで世界最古の我が国の皇室が絶えてしまうかしまわないかってところなのか…?
愛子様が天皇になられるのはかまわないです。お父さんがれっきとした皇位継承者ですから。「男系」ですから。問題なのは愛子様のお子様、つまりお父さんが皇位継承者ではない子が天皇になってしまうことです。そこで1400年は確実に続いた皇統は途絶えてしまいます。
女系天皇を認めるのどうのと騒ぐよりも、旧皇族を復帰させた方がはるかに簡単で良い事のように思うのですが。(男子後継者が出生する確率が高まる。また個人的に、『また一つGHQの呪縛から逃れられた』と喜ぶことができる)
ところで、女性・女系天皇に異議を唱える随筆を発表なさった三笠宮寛仁殿下が入院なされたとか…。一刻も早い御回復をお祈りいたします。それにしても、タイミングが…。orz
うーんうーん、私はこんなところでおとなしく録を食んでなどいずに、脱藩して上京するべきなのでしょうか?(何をやる気だ…)しかし平和な平成のこの時代、私には、あちこちにメールしたり、メール先をここに書いてみたり、近くの神社にお参りすることぐらいしかできない…

■メール先
・安倍内閣官房長官
・神道政治連盟国会議員懇談会
・自民党本部
・首相官邸
その他
2005-11-08 Tue | 皇室関連 | TrackBack:5 | Comment:0 | Top↑
  1. 無料アクセス解析
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。